かざもりのブログ

福岡のこと、役立つ情報等紹介します

福岡の遺跡ー日本最古の稲作集落である板付遺跡ー

福岡の遺跡ー板付遺跡

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板付弥生の村

[目次] 

プロローグ

板付遺跡は小中高の歴史の教科書の初めのほうに載っていたと思うので、名前だけは聞いたことがあると思います。板付遺跡弥生文化の成立を考える上で、古くから現在までその議論が避けては通れませんので、「初めに板付ありき」と言われてます。

福岡空港の南西1.5キロの位置にあり、福岡空港から車で約11分で板付遺跡に着きます。観光としての板付遺跡は、弥生時代を体験することができる板付弥生の村と弥生時代の土器等が展示され、近くに弥生時代の水田が復元されている板付遺跡弥生館とで構成します。

それは昭和25年1月のことです。

一人の青年が板付の畑で二つの土器を発見して感激の声をあげました。青年は、縄文時代最後の土器と弥生時代最初の土器が一緒に出る遺跡を長い間捜していたのです。昭和22年から始まった静岡県登呂遺跡の発掘で、はじめての水田の跡がみつかり弥生時代に稲作(米作り)が行われていたことが証明されました。

  では稲作は、いつ、どこから伝わり、日本のどこで始まったのかが次の問題でした。二つの土器の発見で板付遺跡こそ、その謎を解く重要な遺跡と期待され、さっそく発掘調査が始まりました。

引用元:板付遺跡弥生館のリーフレット 

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板付遺跡弥生館のリーフレット

板付遺跡

概略

板付遺跡は、縄文時代晩期から弥生時代にかけて営まれた集落遺跡です。台地上に二重の環濠(かんごう)によって囲まれた集落と、その周囲に広がる土砂が堆積して出来た土壌(沖積地)に営まれた水田跡で形成されています。水田は畦(あぜ)で長方形に区画され、集落のある台地の外側には用水路と井堰(いせき)を設置して水田に水を送り込みました。水田からは人の足跡も発見され、遺跡から出土した土器によって日本最古の稲作集落であったことがわかりました。昭和51年に国指定史跡に指定されています。

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板付遺跡・調査報告 奈良文化財研究所

板付遺跡の発掘調査報告を詳しく知りたい方は、下のサイトを御覧下さい。

福岡市教育委員会(PDF)

福岡市・板付遺跡・調査報告 

板付弥生の村

板付弥生の村」は、弥生時代を体験することができる史跡公園として、また、市民の憩いの場として親しまれています。そして、毎年の田植えと秋の収穫祭には多くの人が参加しています。それでは、「板付弥生の村」を案内しましょう。

板付弥生の村の出入り口で最初に目に入るのが下のモニュメントです。

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 モニュメントの近くに板付遺跡、環濠集落の概要の説明板が有ります。

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そして、すぐ近くには板付弥生の村の全体図と竪穴式住居や水田等の説明のある案内板が有ります。

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中に入って行くと環濠と言われる「お濠」が有ります。幅約4m、深さ約2m、断面がV字型のお濠が東西約80m、南北約110mの楕円状に掘られてます。 

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そして、環濠で囲まれた台地には竪穴式住居、貯蔵穴等が有ります。板付遺跡では竪穴式住居は発見されませんでしたが、近くの遺跡の竪穴式住居を参考に再現しました。

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 下の動画では、「板付弥生の村」の全体を見ることができます。

 板付遺跡弥生館

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板付弥生の村」の出入口を右折して、すぐ近くに見える竪穴住居をイメージした建物が板付遺跡弥生館です。建物近くには弥生時代の水田も復元されてます。

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弥生時代の水田の復元 YOKANAVI.COM

 受付を済ませて中ヘ入ると、正面に大きな絵画が有ります。

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 展示物でガラスのケースに入っている物は本物で、そうでない物はレプリカです。まず入って右側から回ります。最初に展示してある物は藁や竹で作られた籠です。

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レプリカですが主に弥生土器を展示しています。

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次はスコップ等のいろんな農作業に使う道具です。一番手前にあるのは火起こし機です。

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布を織るための道具一式です。

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レプリカですが弥生人が着ていたであろう布製品です。

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ガラスのケースに入っているので本物の石包丁、石斧、打製石鍬などです。

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ガラスのケースに入っているので本物の弥生土器です。

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弥生人の足跡です。

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板付遺跡のジオラマです。

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下の動画では約8分にわたり板付遺跡弥生館の展示物等を見ることができます。

 

アクセス

 

アクセス 西鉄バス(40番)「板付団地第ニ」下車・徒歩3分

電話番号 092-592-4936

営業時間 9:00~1700(入館受付 16:30)

定休日  12月29日~1月3日

入館料  無料

最近テレビでよく見る社会学者の古市さんが板付遺跡に来てたんですね!

 最後に

縄文時代晩期から弥生時代にかけて、稲作が大陸から北部九州に伝わり、そこから全国に伝わったといわれてます。それまでは狩猟採集で生活してきた日本人が、稲作による農耕で生活を安定させようとしました。現在の日本人の生活の豊かさの源が板付遺跡から始まったとしたら、福岡県民としては板付遺跡を誇らしく思います。